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妙満寺の新年


妙満寺。顕本法華宗の総本山。山号は妙塔山。日什大正師が創建、1389年(康応1)六条坊門室町に妙満寺を建立、根本道場としました。その後、応仁の乱など兵火に遭い、その都度、洛中に寺を移し興隆してきましたが、1583年(天正11)豊臣秀吉の時代に寺町二条に移され400年にわたり「寺町二条の妙満寺」と親しまれてきた後、昭和43年に現在の岩倉に移りました。
松永貞徳が造営した清水寺本坊の「月の庭」、北野(一説に祇園?)の「花の庭」(現存しない)とともに、いずれも清水寺成就院にあったことから成就院「雪・月・花の三名園」と並び称されました

妙満寺の庭園は比叡山を借景にして雪の季節が最も美しいとされることから「雪の庭」と称されています。

本当の「雪の庭」となりました。


DAIYA * 洛北エリア * 21:59 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

龍安寺の新 年


龍安寺。臨済宗妙心寺の境外塔頭。山号を大雲山。本尊は釈迦如来、開基(創立者)は細川勝元、開山(初代住職)は義天玄承。徳大寺家の別荘であったものを、室町時代の1450年、管領の勝元が譲り受け、寺として創建。
龍安寺石庭。この庭、禅に通じる世界と解されています。石は年間を通じて変化はありません。変化しないからこそ、春夏秋冬の変化のバリエーションは無限という世界感です。

今年は、私たちにどんな変化があるのでしょうか。
でも、石は動じないで、その変化を受け入れています。仏ほっとけの世界です。

「羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶」 般若心経  合掌!



DAIYA * 洛北エリア * 21:32 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

等持院の晩秋



等持院
。臨済宗天龍寺派のお寺。山号は万年山。暦応四年(1341年)の頃、足利尊氏将軍が天龍寺の夢慈国師に依頼し、衣笠山の南麓に創建されたのが始まりです。禅宗十刹の筆頭寺院で足利将軍家歴代の菩提所にもなっています。応仁の乱などの戦乱に見舞われましたが、豊太閤は秀頼に建て直させたほど、この寺を重んじられたと伝えられています。
等持寺の名の由来は、一寺を建てて三寺に当てるべく、「寺」の字を三つよせて「等持寺」と名付けたと云われる志の高いお寺です。

今秋の紅葉スポットとして、お奨めの一つです。





 
DAIYA * 洛北エリア * 10:08 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

退蔵院の夏


妙心寺退蔵院。盂蘭盆を前に園内もきれいに整えられています。お盆の8日、9日には、多くの参拝者がご先祖様を連れに帰るため、鐘を突きにきます。そして16日には、また鐘を突き、あの世へ送り返します。16日午後8時から五山の送り火でです。今年も感謝の合掌です。

DAIYA * 洛北エリア * 19:40 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

等持院の初夏


等持院。衣笠山の南麓に位置し、山号は万年山。臨済宗天龍寺派。本尊は釈迦牟尼仏。足利将軍家累代の菩提寺であり、将軍家の葬礼のお寺として有名。方丈は江戸時代、1616年頃、武将大名・福島正則により、妙心寺塔頭・海福院客殿として建立されたもので、ここから眺めるお庭は夢窓疎石作と伝えられています。庭の池をはさんだ対岸に茶室清漣亭や中程には尊氏の墓と伝えられる宝篋印塔があります。

入り口に飾られている達磨大師が睨みを利かせています。
現在、表門の工事を行っていますが、拝見には問題ありません。
DAIYA * 洛北エリア * 19:55 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

賀茂別雷神社の春



賀茂別雷神社。通称は上賀茂神社。ユネスコの世界遺産に「古都京都の文化財」の1つとして登録。
上賀茂神社の一の鳥居を入って右手に見える大きなしだれ桜のうち、北側にあるのが「御所桜」です。孝明天皇が京都御所から御下賜されたしだれ桜で「御所桜」と呼ばれています。樹齢は140〜170年程度の老木。孝明天皇は明治天皇の父親になります。
上賀茂神社は神話の時代に、ご神託に基づいて馬に乗ってご祭神である「賀茂別雷大神」のご降臨を願った事から”日本乗馬発祥の地”と言われています。
現在も神山号(こうやまごう)と呼ばれる神馬がいます。今の神山号は5代目。
5月には賀茂競馬(かもくらべうま)、9月に下鴨神社と隔年開催される賀茂の馬まつりなど、馬にまつわる神事も多く残されています。また、馬の形をした「お馬みくじ」というのもあります。
この神社を深く信仰する京の会社に「大日本スクリーン製造」があります。同社は印刷機器や半導体製造機器などエレクトロニクス(雷)分野で世界的にも著名ですが、この会社の会長は馬を愛する方としても有名で、馬の写真も会社に飾り、日夜、崇拝しているとのことです。
また、上賀茂神社に来たら、神馬堂のやきもち「葵餅」をお土産にしましょう。小さなやきもちですが、その美味しさに食べた人は皆、口を揃えてこう言ってしまうのです。
「うま〜・・・〜ッ!」


 

DAIYA * 洛北エリア * 21:15 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

黄梅院の晩秋


黄梅院。千利休作庭の池泉式枯山水庭園をもつ大徳寺の塔頭。織田信長が28歳で入洛した永禄5年(1562)、父・信秀の追善菩提のために春林宗俶和尚(大徳寺第92世住持)を開祖として建てた庵が始まり。信長は本能寺の変の後、当地に密葬、その後、秀吉は主君の塔所としては寺領が小さいとし、山内の別のところに「総見院」を建立し移し信長の菩提所としている。寺名の総見院は信長の法名。
その後、小早川隆景が開基となり毛利輝元はじめ歴代が檀越として天正14年(1586)本堂を造営、隆景の死後、隆景の法名をとり黄梅院に改称。
本堂南側の枯山水庭園「破頭庭」は、手前半分に白砂が敷かれ、奥半分は一面を苔で覆われた中に二つの石が配置されています。一方、大書院南側の庭園「直中庭」は、秀吉の希望により千利休が作庭したと伝えられている枯山水庭。中央に石橋が架かっている瓢箪型の枯池。また、加藤清正が朝鮮から持ち帰ったとされる朝鮮灯籠が左側に配置されています。

松が主体の大徳寺にあって紅葉が楽しめるお寺です。通常非公開ですが、毎年春秋に特別公開されます。
DAIYA * 洛北エリア * 12:23 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

金閣寺の晩秋


金閣寺。正式名称を鹿苑寺といい、相国寺の塔頭寺院の一つ。建物の内外に金箔を貼った3層の楼閣建築である舎利殿は金閣。舎利殿を含めた寺院全体が金閣寺として知られています。
寺名は開基は室町幕府3代将軍足利義満。その法号・鹿苑院殿にちなみ、山号は北山(ほくざん)。舎利殿は室町時代前期の北山文化を代表する建築でありましたが、1950年(昭和25年)に放火により焼失し、1955年(昭和30年)に再建。1994年(平成6年)にユネスコの世界遺産(文化遺産)「古都京都の文化財」に登録。

風がない日は金閣寺の南側に広がる鏡湖池に写る雄姿は、とても綺麗です。

DAIYA * 洛北エリア * 09:00 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

妙心寺の夏


妙心寺。臨済宗妙心寺派大本山の寺院。山号を正法山。本尊は釈迦如来。開基(創立者)は花園天皇。開山(初代住職)は関山慧玄(無相大師)。
お盆。精霊を迎えるため、鐘を撞きます。合掌。そしてテントの下では、お坊さんが戒名を水塔婆に書いてもらい、それを本堂で読んでもらいます。合掌
8月8日から12日まで、妙心寺では灯籠の点灯と諸堂の ライトアッ​プ、 され、縁日の屋台も登場します。
そして、大文字送り火の16には、再度、鐘を撞き、精霊を送ります。

今年も残暑お見舞い申し上げます。
DAIYA * 洛北エリア * 10:59 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

妙心寺修業道場&退蔵院の初夏


妙心寺修行道場。退蔵院の隣にある修行道場。凛とした佇まいの中、読経以外にも、厳しい声がよく響いてきます。日夜、若き雲水たちが、厳しい自分との戦いの修行を行っています。けっして、俗世界でいうパワハラではありません。
退蔵院では、中学生たちが座禅体験の後、警策で打たれ、奇声をあげて喜んでいました。
空梅雨の中、昨日は久しぶりの雨でほっとしました。今日は真夏日です。

DAIYA * 洛北エリア * 13:28 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark
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