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宇治・興聖寺の春

曹洞宗・興聖寺。山号は佛徳山。この興聖寺は、道元が比叡山で修行し、宋に渡り、曹洞宗を学び帰国後、最初に建てたお寺(当時は宇治・伏見)。道元は日本の曹洞宗の開祖です。越前の永平寺を開く前に伏見深草に建立しましたが戦乱で廃絶。江戸時代にこの地に再興され今日に至っています。万福寺と同じく、中国の影響を受けた建築物です。興聖寺の門をくぐると、琴坂と呼ばれる300mほどある坂道(参道)があります。琴坂の名の由来は、道の両側を流れる水音の快かさから、このように呼ばれています。頭上を包む新緑やヤマブキの花、紅葉の美しさは宇治市随一。本堂には、伏見城の遺構を移築した血の手形が残る天井や鴬張りの廊下などがあります。ちなみに、伏見城遺構には、次のお寺があります。
 ・養源院(ようげんいん):三十三間堂のお隣
 ・源光庵(げんこうあん):北区鷹峯
 ・正伝寺(しょうでんじ):北区西賀茂
 ・宝泉院(ほうせんいん):大原
DAIYA * 洛南エリア * 11:44 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

妙光寺の春


宇多野にある臨済宗建仁寺派の妙光寺。1285年 無本覚心(法燈国師)の開山で、「京都十刹じっさつ)」のひとつ。法燈国師は、宋から味噌や醤油の技法を日本に伝えた味噌や醤油の始祖と伝えられています。荒れ寺であった当寺を2004年以降、建仁寺の修行僧を中心に境内の整備が進められてきました。方丈(本堂)前庭も復元され、境内にはモミジも植林され以前の姿を復元させる努力が続いているお寺です。通常は非公開ですが、本年1月10日〜3月18日の間、特別公開されています。禅寺に相応しい風情が出てきました。
DAIYA * 嵐山・嵯峨野エリア * 20:57 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

清源寺の春


京都府南丹市にある曹洞宗金龍山清源寺。市内から京都縦貫高速道路利用で30分程度の田園風景が広がる八木町にあるお寺。木喰上人(もくじきしょうにん)によって彫られた仏像の傑作22体を擁することから木喰羅漢寺とも言われています。木喰上人は、五穀や十穀を断つ苦行を行う木喰戒を、45歳から93歳で没するまで生涯それを続けたと云います。また、同上人が江戸時代末期に全国を流浪しながら彫った仏像は 全国各地に残されています。その中でも、最高傑作だとされているのが、ここ八木の清源寺にある十六羅漢像と云われています。厳しさの中にもウィットの富んだ優しい羅漢さんに出会えます。
DAIYA * 美山エリア * 16:49 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

城下町彦根の春

滋賀県彦根市。井伊家のお膝元で、大藩がひしめく京都周辺でも有数の城下町でした。また近くには高宮宿・鳥居本宿の宿場町もあったため、その面影を残しています。春になると彦根城を中心に約1,200本の桜が咲き、お城は1年で一番美しい季節を迎えます。満開の頃は例年4月8日前後で、夜桜のライトアップも行われます。関ケ原にも近く、雪深い場所のため、京都より開花が遅くなります。
彦根城の石垣を抜けると、まっすぐに通りが広がる「夢京橋キャッスルロード」。白壁と紅殻に煤を混ぜた黒格子、いぶし瓦に切妻屋根の傾斜を揃えた整備された古くて新しい町です。
また、彦根は、招き猫とのゆかりの地。彦根藩二代藩主・井伊直孝公が、世田谷の豪徳寺で、招き猫に招かれて雷雨からの難を逃れたことから、招き猫が生まれたとの故事に因んでいます。
この春休みは桜見物でもしながら、彦根のゆるキャラアイドル「ひこちゃん」に会いにいきましょう。「笑う門には福来る」です。
DAIYA * 洛東エリア * 09:54 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

上徳寺の春


上徳寺。浄土宗のお寺で、「京の世継さん」の愛称で安産と子授けの地蔵尊で親しまれています。寺伝によれば、慶長八年(1603年)に、徳川家康によって、上徳院殿(阿茶の局)が開基となり、伝誉蘇生(でんよそせい)上人を開山に招じて建立した寺と云われています。
少子化や後継者難のご時世、良い子宝に恵まれることを望みたいものです。いつの世も子は社会の宝、不況の今こそ、子づくりのチャンスですね。
昨日は、二月八日の「世継地蔵尊大祭」で、全国各地より多くの参拝者が詣出、柴灯(さいとう)護摩供が施されました。合掌
DAIYA * 洛央エリア * 16:28 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

若宮八幡宮の春


若宮八幡宮。天喜元年(1053)、後冷泉天皇の勅願で源頼義が創建したお宮。六条八幡宮、左女牛八幡宮とも称した。その後社地を転々とし、慶長10年(1605)現在地へ移転したそうです。さらに、昭和24年、陶祖神椎根津彦大神が合祀され、陶器神社とも呼ばれるようになりました。
現在の京焼きを支えてきたのは、地方からやってきた腕の覚えのある、いわゆる「渡り職人」でした。そして、京焼きを現在まで、支えてきたもう一つが京料理の板場の存在です。「京料理は器で食べる」とも云われており、両者がうまく競い、補完し合う形で、伝統を引き継ぎ、さらにお客様に近い場所で、発展してきたものです。最近、話題に登場する近江商人の経営理念に由来する売り手よし、買い手よし、世間よしという「三方よし」を長年、続けてきているものです。
8月初旬の陶器まつりには、京焼をはじめ、有田・唐津・信楽など各地の焼物が揃い、毎年、大勢のお客様で賑わいます。また、この季節、五条坂では、六道まいりも行われています。
先の計画になりますが、この夏は、家宝になるような焼き物、掘り出しものを探しに行きませんか?

DAIYA * 洛央エリア * 11:57 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

祇園新橋の春

京都で一番に春が来ると云われる祇園新橋界隈。確かに、梅も桜も一番に開花します。
舞妓さん、芸妓さんの艶やかな着物姿とほのかな化粧の香りが、梅や桜に春の息吹を吹き込むのかもしれません。
これから4月初旬の桜まで京都の春をお楽しみください。
DAIYA * 洛央エリア * 21:33 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

東寺の春

東寺。真言宗総本山の寺院。京都の代表的な名所として、昭和9年(1934年)に国史跡に指定され、1994年12月には「古都京都の文化財」の一部として世界遺産に登録されました。
東側の大宮通りに面している門の一つに、東大門があります。この門は、新田義貞が東寺を攻めた時、守る足利尊氏が義貞の挑発に乗らずに開門せずに東寺を守ったという故事から、この門は「不開門(あけずのもん)」と云います。重要文化財。
京都には、このような変わった名前が付けられた地名や通りも多いですが、「あけず」の通り名がついている道が、他にもあります。場所は、東本願寺の近くの「烏丸通」の一本東側の南北の通りで、不明門通「あけず」どおりと読みます。この通りの北を塞いでいる因幡薬師堂(平等寺)の不明門(あけずのもん)に由来していています。因幡薬師堂の正面の門は常に閉ざされていたようです。今は、しっかりと開いています。
いけずの京都ならではの伝統でしょうか・・・。
さらに、地名や通り名ですが、なかなか読めないですよね。「烏丸通(からすまどおり)」=「からすまるどおり」とか、「とりまるどおり」などと、よく耳にしますね。京都人は、そんな場面では、耳をそばだて、知らん顔でじっと聴いているもんです。これも、いけずの延長でしょうか。でも、「旅の恥は掻き捨てよ」です。
DAIYA * 洛南エリア * 20:52 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

仁和寺の春

仁和寺(にんなじ)。真言宗御室派総本山の寺院。ご本尊は阿弥陀如来、開基(創立者)は宇多天皇で、皇室とゆかりの深いお寺として、「御室御所」の別名があります。1994年に古都京都の文化財として世界遺産に登録されています。仁和寺の五重塔は、重要文化財で、江戸時代初期、寛永14年(1637年)に再建されたものです。また、この御室の地は、オムロン(旧、立石電機)の創業地として知られ、跡地は、現在、住宅地となっていますが、創業記念碑が建立されています。
DAIYA * 洛北エリア * 20:15 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

南禅寺の春

南禅寺。臨済宗南禅寺派の大本山。石川五右衛門の名ゼリフで知られる三門は、寛永5年(1628年)に再建されたもので、楼上から京都が一望でき、まさに絶景かなの風景です。御所の建物を移築した国宝方丈には、狩野派の襖絵があり、小堀遠州作の方丈庭園は石組みの配置から「虎の子渡し」の庭と呼ばれています。虎の子渡しとは、親虎が子供を連れて河中を渡っている姿を見立てたものです。大河を渡ろうとする母虎と三匹の子虎。三匹のうち一匹は獰猛で子虎だけにしておくと他の子を食べてしまうため、母虎はその子虎を他の子と二匹だけにしないよう苦心して渡すという逸話で、石庭はこの有り様を表しているそうです。なお、龍安寺の石庭も著名です。
DAIYA * 洛東エリア * 20:45 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark
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