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建仁寺の秋


臨済宗建仁寺派大本山、京都五山の三位。開祖は日本に臨済宗を正式に伝えた栄西(ようさい、昔の教科書では”えいさい")。秀吉、ねねを祀る高台寺や八坂の塔のある法観寺は建仁寺の末寺です。

先日、半日、「修行僧体験入門」を楽しみました。報告を兼ねてご紹介します。(長文で失礼)
最初はお抹茶の接待。大きなおはぎが半分ついてきました。まずは、このおはぎを頂いてから、抹茶を丁寧に出されてから頂戴しました。出されたものは、すべて食べるのが礼儀と言います。これも修行の一つ。そのことを知っている檀家は、敢えて大きなおはぎを3から5個程度出す方もいるとのこと。禅寺にはお茶がつきもの。栄西が中国から茶種を持ち帰って栽培を奨励、喫茶の法を普及、「茶碑」が建てられ、茶碑の裏手は茶園ありました。明恵上人が高雄の栂尾(とがのお)に華巌宗の興隆を願って高山寺を興し、たびたび栄西を訪れ問答をしていたとされます。栄西は、明恵に茶の薬効を話し、喫茶をすすめ、茶の実を栂尾(とがのお)に送り、その後、栂尾における茶栽培が始まりました。栂尾における茶の栽培は盛んになり、栂尾の茶を「本茶」、それ以外のものを「非茶」と称したと云います。宇治以前の茶名産地が栂尾となります。

お寺の語源のお話も伺いました。語源はインドの言葉「テーラ」。寺は仕事をするの意味の「土」と、手の意味の「寸」の組み合わせで、仕事をすること。寺の字がある漢字に 「侍(サムライ)が持(も)って待(ま)つ時(とき)詩(うた)恃(たの)む」。お寺に苦しみ、煩悩を寺に持ち込み置いてくればいいという言葉に心が動きました。また、「合掌」を説明できますかという問いがありました。外国人の方によく尋ねられるそうです。右手は蝋燭の知恵、左手は慈愛の心、これを両手を合わせることで感謝の念と説明されるとのことでした。納得です。

国宝「風神雷神図」(俵屋宗達作)も見事とです。静と動を表現。キヤノン(CANON)のデジタル技術の複製。原本は京都国立博物館。この「風神雷神図」の脇にある書は、また、ダウン症の女性書家・金沢翔子さんによる縦約1.8m、横約3.4mの大作「風神雷神」。お坊さんが初めてこの作品を見た時、空を感じたとのことです。躍動感のある字体でした。なお、CANON(観音)の社名由来は、創業者の一人、吉田五郎と縁のあった建仁寺の中村泰裕老師が名づけ親です。

国宝「十六羅漢像」もありました。座しているのが禅宗、立像は浄土宗、浄土真宗、持物(じもつ)を持っているのが真言宗です。禅宗では「来るもの拒まず、去るもの追わず」の考えが基本のため、宗派を問わず展示しているとのことでした。世界は宗教戦争。平和への願いを込めて展示しているそうです。

法堂(はっとう)の墨画雲竜図も圧巻でした。建仁寺の龍以外は全て三爪。五爪の龍は中国の皇帝しか使うことしかできない代物でした。朝鮮は四爪、日本は三爪。建仁寺の龍だけが、阿吽の龍で2対。2002年に建仁寺の創建800年を記念して、小泉淳作画伯によって描かれたものです。その際、円(=宇宙)のキンパスではなく、四角いキャンパスで描かれました。ある中国人が見て、なんと怖れ多いことかと呟いたとか。

方丈の庭の片隅に卵塔があります。安国寺恵慶、本能寺の変では、毛利の軍僧として秀吉との講和に尽力し、以降太閤の懐刀の武士でした。関ヶ原では西軍に属し、破れて石田三成と共に六条河原で斬首されました。罪人の首は渡せないが拾うのは武士の情けとのことから、河に流れた首を引上げ、供養した塔です。そんな謂われもあり、卵塔には名も刻まれていません。

禅寺には浴室があります。日本式サウナです。湯気で暑いのでゴザを敷いて入ります。これが”風呂敷”の語源だそうです。先輩修行僧のため、わずか2、3秒で外に出て、桶一杯のお湯で全身を洗うとのこと。その水は桶に溜められ、また、その水で湯を沸かし、蒸し風呂に再利用する。入浴も雲水にとっては修行の一つとのことでした。

方丈の庭についての説明も受けました。
枯山水の庭。「水を感じさせるために水を抜く」、水を見立て白砂で大海を描く。15個(7・5・3)の石は、庭をどちらから眺めても、必ず1個は他の石に隠れて見えないように設計。しかし、部屋から1ヶ所だけ15個の石全てが見える位置がありました。砂の白は建物を太陽の光や熱から守ることも意図されているそうです。枯山水の庭には勅使門(天皇の使者として赴く者)があります。もともと、石の周りには苔はなく、勅使が寺を訪づれる時は、石を隅に移動させる配慮もあったそうです。石庭は塀で囲まれていますが、門の先は宇宙につながっているというのが禅の考え。料亭の庭から見える先には、店主の笑顔、そのスケール感には大きな違いがありますね。

潮音庭。風の音が海の波の音として聴こえて来ます。そして心を静めていると様々な悩みや雑念が浮かんでは消えてきます。でもある瞬間
、まさに潮目の後、凪の世界が訪れます。これを「空」と呼びます。
そして、しばらくすると風の香り、鳥の囀りの声などが聴こえてきました。

〇△□乃庭。単純な三つの図形を描いた庭。宇宙の根源的な形態を示し、密教の六大思想(地・水・火・風・空・識)の地(□)、水()、火(△)の象徴です。

食事作法(お代わりの仕方、お茶とたくあんでお椀を拭く作法)や作務(今回は浴室の雑巾がけ)も体験しました。汚れた水は植木にかける。ここにも無用な無駄はしない気持ちが現れています。また、食べる前に、ご飯を3粒ほどつまみ、生きとし生けるものへの感謝の念を込め、屋根の上などに放り上げる作法を行います。また、廊下を歩く時は、手の平をへそ辺りにあてながら端を音なく歩くのが礼儀です。

雲水の修行は、相手の気持ちを察し、慈悲の心で行動する。そのためには、自我を否定し捨てるところから始まります。まずは座禅の修行が基本とのこと。3年間の修行は、自分の限界を知ることから始めるそうで、そのことで、自身の限界が分かるそうです。限界を知れば、対処もできるというもの。12月の1日から8日未明まで行われる接心行が一番厳しい修行。釈尊が12月8日未明、明けの明星を見て悟りを開いたことに因む修行。この間、食事も睡眠も座ったままで行われる。睡眠は1時間30分程度で、トイレと5分間のランニング以外は、常に座禅をし続ける。限界になると眠ることだけしか考えられないそうです。物欲があふれる現代では、逆に何が幸せなのか、煩悩が常に先行してしまう。自分自身を見つめる時間を是非、持ってもらいたいとのこと。チリの鉱山事故も限界の世界でしたね。

座禅体験。坐禅用クッションである坐蒲(ざふ)の上に座りました。左ももの上に右足を乗せ、右かかとを腹に近づける。次に右ももの上に左足を乗せる。手は法界定印(ほっかいじょういん)を組む。右掌を上に向け、その上に、左掌を上にして重ねる。両手の親指先端をかすかに合わせるのが一般的で、親指同士から電気が通ると云われます。建仁寺方式は、右親指を左の手で握って、お臍の下あたりに置く。肩の力を抜き、背筋を伸ばし、目は半開きにして視線は1メートル程度先で落とす。呼吸は腹式呼吸で自然にまかせる。鼻からゆっくり吸い、その倍の時間をかけゆっくると吐く。確かに内臓が活性化し、唾液の量が増えてきます。様々な悩みや雑念が浮かんでくるだろうが、その度に座禅に集中することで、これら雑念を追い払う。わずか10分の座禅体験。お坊さんが警策を持って、前を通る度に緊張しているようでは、修行が足りないようです。でも、般若心教の写経も心静かに取り組むことで、気持ちがすっきりとし、ほっこりした心も緩む体験でした。

なお、2009年1月末に、木造の十一面観音坐像が盗まれましたが、一月後、仏像は他のお寺の仏像を引き連れ無事帰京。他のお寺さんも感謝に来たということです。こんなこともあり、一つは願い事を必ず叶えてくれる観音さまだそうです。なお、持出した三重の阿部(さん付けでした)ご本人の動機は、微笑んでくれたからとのことです。

法話を通じ心の中に残った言霊は、以下の2点でした。

・生かされてこの世にいることのありがたさを忘れずに精進せよ。但し、自らの限界を知り、時には、手を抜いた生き方を楽しもう。

・極楽、地獄は死後の世界ではなく、現世の人の行き様、そのもの。自我の欲を抑え、人の立場で考え行動することで幸せをつかむことができる。
・・・これからも、生涯、修行が続くことでしょう。合掌。

皆さんも、京都観光のついでに、禅寺の奥義をご体験ください。





DAIYA * 洛央エリア * 21:06 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

禅林寺の初秋


禅林寺、浄土宗西山禅林寺派総本山のお寺。通称の永観堂(えいかんどう)の名で知られています。山号を聖衆来迎山(しょうじゅらいごうさん)、院号を無量寿院。本尊は阿弥陀如来さまです。禅という名前があるため、禅宗と間違えてしまいそうですが、浄土宗西山禅林寺派です。法然を祖とするお念仏の教えを伝える浄土宗西山派には、このお寺の他に、光明寺・誓願寺を本山とする3つの流れがあります。
紅葉の名所として知られ、古くより「秋はもみじの永観堂」と云われ、京都でも代表的な紅葉の名所の一つ。
本尊の「みかえり阿弥陀如来像」の伝説として、永保2年(1082)の冬、本堂の阿弥陀如来の周りで永観が念仏行道していたところ、ふと気が付くと如来が須弥壇から降りてきて、先に立って行道されていました。驚いた永観が立ち止まると、振り向いた如来が一言「永観遅し」。この出来事に感動した永観は、とっさに「その姿を留めおかれよ」と祈ると、願いを聞き入れた如来は見返った姿のままになったと云う逸話です。阿弥陀さま、心にも残るお姿をしています。

DAIYA * 洛東エリア * 09:42 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

幕末の志士の初秋

 

桂小五郎(木戸孝允)、幕末、長州藩の京都における外交官。長州藩京都屋敷があった場所である河原町御池北西の角、京都ホテルオークラ(旧、京都ホテル)に像があります。長州の代表として薩長同盟を締結した桂小五郎は、西郷隆盛、大久保利通と並んで維新の三傑の志士です。この地で桂は、幕末動乱期の命の恩人かつ同志でもある芸妓幾松(木戸松子夫人)に看取られ終焉を迎えました。
墓所は、坂本龍馬らも眠る勤皇志士たちと同じく、京都霊山護国神社にありますが、ここを聖地として整備したのも桂小五郎です。現在は東大路通りから京都霊山護国神社へ向かう参道を「維新の道」と呼んでいます。また、妻は夫の墓の北隣に埋葬されています。
歴史は後に評価を受けますが、依然、閉塞感のある日本、変革を旗印に実行力のある平成の志士の活躍が期待されます。日本一新に渇です!

DAIYA * 洛央エリア * 12:40 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

圓光寺の初秋


圓光寺、明治以降、臨済宗南禅寺派の修業道場。歴史的には徳川家康は数学の発展を図るため、伏見に圓光寺を建立し学校としたのが始まり。当寺には出版に使用された伏見版木活字が現存、陳列されており、朝鮮から輸入した木版活字を使った書籍の出版活動をしていた、今で言う出版会社。我国の出版文化史上特筆すべきお寺です。
寛文庭園には水琴窟・栖龍池(洛北で最も古い池)があり、春の新緑、秋の紅葉も見事です。
境内山上には徳川家康を祀った東照宮や、墓地内には井伊直弼に仕えた密偵・村山たか女(花の生涯のヒロイン)もここで眠っています。
これから紅葉の色も濃くなりそうです。

DAIYA * 洛東エリア * 13:49 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

金閣寺の初秋


金閣寺、
正式名、鹿苑寺(ろくおんじ)。同志社大学の上にある相国寺の山外塔頭。金閣は舎利殿のことで、鏡湖池の水面を秋の色とゴールドとのシンクロナイズが楽しみです。
これから、一雨ごとに、秋の色を濃くしていくことでしょう。
DAIYA * 洛央エリア * 15:02 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

青蓮院の初秋



青蓮院門跡、天台宗総本山比叡山延暦寺の三門跡の一つ。この秋も夜間の特別拝観(10月30日(土)〜12月5日(日) ※11月10日(水)は中止)が行われます。闇に浮かんでは消える紅葉の幽玄な世界は必見です。
昨年は、秘宝中の秘宝仏、国宝「青不動明王二童子像」、ご身体の色が青黒(しょうこく)なことから通称「青不動」と呼ばれる、三不動画の一つがご開帳となりました。平安時代より現在に至るまで、一般公開されていなかったものでした。お蔭で何とかリーマンショックから立ち上がることができました。

DAIYA * 洛央エリア * 20:54 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

法然院の初秋


法然院、鹿ヶ谷の麓にある浄土宗系の単立のお寺。山号は善気山。本尊阿弥陀如来。建永元年(1206年)に法然上人が弟子とともに六時礼賛をつとめたと伝える苔むした旧跡です。
毎年、4月1日と11月1日の各7日間の年2回、伽藍内部の一般公開されます。正面から恵心作の本尊阿弥陀如来や散華も拝観できます。公開時には狩野派の襖絵が必見です。境内には作家・谷崎潤一郎ら著名人も静かに眠っています。
法話も定期的に開かれていますので、是非、参加されたら良いかと思います。とても心穏やかになります。ご住職の御朱印も、達筆でありがたいものです。

京のための旅行会社 京遊トラベラー
DAIYA * 洛東エリア * 20:28 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

野宮神社の初秋


10月に入りました。早いものであの猛暑が懐かしい季節となりました。野宮神社、天龍寺の上にある源氏物語にも登場する神社。天皇の代理で伊勢神宮にお仕えする斎王が伊勢へ行かれる前に、身を清められた場所で、673年天武天皇の娘・大来皇女から後醍醐天皇まで約660年に渡り、斎王群行が行われてきました。
現在の斎宮夢行列は斎王群行を再現したものです。今年は10月17日(日)に開催されます。
DAIYA * 嵐山・嵯峨野エリア * 08:51 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark
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